大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和62年(行ツ)68号 判決 1987年11月24日

千葉県習志野市鷺沼五丁目一五番一〇号

上告人

小野寺藤治

右訴訟代理人弁護士

片山一光

千葉市武石町一丁目五二〇番地

被上告人

千葉西税務署長

江上博智

右当事者間の東京高等裁判所昭和六一年(行コ)第七八号更正処分取消等請求事件について、同裁判所が昭和六二年三月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長島敦 裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡満彦 裁判官 坂上壽夫)

(昭和六二年(行ツ)第六八号 上告人 小野寺藤治)

上告人の上告理由

第一審判決を是認した原判決(以下原判決という)には、条理並びに社会通念を無視し、採証の方則違反・法令違背の違法がある。

一 原判決は、事実認定の証拠として上告人が第一審において提出した甲第三号証(確認書)の成立を認容している(原判決書二三丁十一行目)にも拘らず、特段の理由を掲ぐることなく、その記載自体に反する判断を為している。これは「或文書が作成されて居る場合には、その記載自体を基礎として実験則上有する意義に従って解釈すべく特段の事情のない限り之に反する解釈は許されない」とする判例に違反している。

(註一)

註一 (一) 大審院昭和四年(オ)第一〇九五号民一判決要旨書証ノ判断ヲ為スニハ其ノ記載自体ヲ基礎トスベク、若シ特段ノ理由ヲ掲クルコトナク、其ノ記載自体ニ反スル判断ヲ為シタトキハ―採証ノ原則ニ戻リ訴訟手続ニ違法アルモノトス。

(二) 大審院大正十年(オ)第八八一号民ニ判決要旨証表ニ文字ノ記載アル上ハ相当ノ理由アルニ非ザレバ之ヲ無視スルヲ得ザルモノトス。

(三) 大審院大正七年七月三十一日民録二四輯一四〇一頁要旨 当事者ノ成立ヲ認メテ争ワナイ契約ノ条項ハソノ記載ガ印刷ニ係ルト否トヲ問ワズ、ソノ当事者ニ対シテ効力ヲ有シ当事者ハ之ニ覇束セラレル意思ヲ有セズト断ズルニハカカル推定ヲ覆スニ足ルベキ事実実験ノ法則又ハ慣習等ニ依拠セザルベカラザルモノデアル。

二 本件訴訟の重要な争点は、昭和五〇年壱月壱〇日付をもって上告人(売主)と訴外権赫子(買主)間で締結された千葉県鎌ケ谷市初富字五本松九〇五番三山林八〇九平方メートルの土地売買契約に伴う不動産分離短期譲渡所得の課税時期が昭和五〇年度(被上告人主張)か、昭和五一年度(上告人の主位的主張)かの点に存し、上告人は昭和五一年度である証拠として甲第三号証を提出しているのである。しかるに、第一審及び控訴審は、該書証の存在を認容し乍ら、之が記載を全く無視して、之が記載と異なった事実認定を為し、しかも、該書証の排斥理由については何等の説示をしていない。これは、前述の判例に照らし審理の不尽であって明らかに採証の方則に違反し、理由不備の欠陥を蔵するものである。

三 因みに、上告人提出に係る甲第三号証は、上告人(売主)と訴外権赫子(買主)・訴外岡本政也(買主の内縁の夫)間で真正に成立している確認文書であり、この記載内容は、次の諸点について確認しているものである。

(1) 第一項は、原判決で認定している通り当事者間に成立に争いの無い甲第七号証及び乙第二号証の売買契約書によれば、所有権移転登記は昭和五一年六月末日(残代金の受領及び譲渡物件上に存る建物を収去し買主に引渡す日)に行なうものとするとの約定となっていたのに、何故、昭和昭和五〇年七月五日に所有権移転登記が為されたのか、その経緯について確認している。即ち、上告人(売主)が、当時、第三者より多額の債務を負担していたので、保全しないと第三者より差押処分を受ける危険が存したため、売買契約に伴う買主の債務確保の趣旨で、残代金の支払及び引渡と無関係に行なわれたことを確認しているのである。

(2) 第二項は、昭和五〇年八月二二日に金一、八〇〇万円を訴外岡本政也が松戸信用金庫八柱支店より借用し、該借用金をもって上告人の同金庫六実支店に対する債務を弁済した際、前記譲渡物件の引渡に至る迄の期間に相当する同金庫約定の借入金利息については、上告人が支払う旨の特約が存在していた事実を確認している。

(3) 第三項は、前記譲渡物件の引渡時期は、昭和五一年四月二日(買主が譲渡物件を第三者である訴外飯島信長に転売するに当たり、譲渡物件上に存する建物の収去明渡を放棄し、現状のままによる引渡承認の日)であること、並びに上告人は買主に対して、昭和五〇年八月二二日より同五一年四月二日(引渡日)迄の年一〇・五%の割合による利息金一、一六五、〇五〇円也の支払義務を上告人が買主に対して負担していることの確認をしているのである。

(4) 第四項は、前項の債務の支払方法の約定が為されたのである。

四 右の確認書は、引渡時期並びに本件譲渡物件の引渡が完了する迄の期間に対応する利息相当額の支払債務の確認及びその支払方法等についての確認事項を記載しており、本件譲渡物件の課税時期を決定する場合には重要な意味を有する文書なのである。

しかりとせば、該文書の記載自体を基礎として実験則上有する意義に従って解釈すべきであるところ、原判決は、特段の事情がないのに之に反する解釈を行っている。

即ち、原判決は、(ア)上告人が買主から売買代金全額を受領したこと、(イ)本件土地の所有権移転登記が買主に行なわれていること、(ウ)買主が本件土地を転売する際、上告人が何ら関与しなかった等を根拠として「昭和五〇年八月二二日以降、原告は本件土地につき何らの利害関係を有せず、本件土地に関する支配権を喪失したものということができ、したがって、右時点をもって、本件土地については、藤森工業所有の本件建物が存在する従前の状態のまま原告から権赫子へ引渡しがなされたものと認めるのが相当である」と判示した。そこで、果して、昭和五〇年八月二二日以降、上告人には、本件土地につき何らの利害関係がなかったのか、また、本件土地に関し上告人の支配が喪失していたと社会通念上解釈されるものなのかの点につき以下に論述する。

本件について、原判決の認定した事実からみても

1 本件土地は藤森工業が占有使用していて、上告人と藤森工業間の和解調書により、昭和五一年六月三〇日限り金七〇万円の明渡料残額の支払いと引換えに上告人が土地の明渡しを受ける約定になっていた。(甲第一三号証)

2 それ故、上告人が権に本件土地を引渡すのもまた同年同月同日限りとされ、売買残代金一、八〇〇万円も右引渡しと同時に為されるものとの約定であった。(甲第七号証・乙第二号証)

3 「岡本は、売買残代金一、八〇〇万円の支払いにあたり(上告人注記・これが売買代金でないことはあとに述べる)藤森工業へ支払うべき明渡料の残金七〇万円相当額の支払いを留保し、自ら藤森工業との間で本件建物の収去に関する交渉を行ない、昭和五一年四月ころ、藤森工業に対し右金七〇万円のほかに、更に明渡料の上積金等として金二五〇万円を支払っている」(原判決三六丁裏より三七丁表)こと、及び大村も昭和五〇年八月二二日の時点で「本件土地はまだ傷物であるため完全な売買の履行ということはできない」(二八丁裏)と考えていた、という事実に照らせば、上告人が本件土地を昭和五〇年中に権に引渡していないし、権側も引渡し義務が履行されていないと認識していたことは一見極めて明白であり、上告人から右金七〇万円を預かっていた(二八丁裏末行)権の代理人岡本が藤森工業に対し、更に金二五〇万円を支払うことによって本件土地の明渡しを受けたのは右昭和五一年四月二日ということになり、右明渡時点をもって上告人の権に対する本件土地の明渡義務も実現したことになる。このように解釈することこそ社会通念・経験則上からの当然の帰結といい得るのである。

したがって、上告人が権に本件土地明渡しを履行したのは昭和五一年四月二日であって、昭和五〇年ではあり得ず、その間は上告人に本件売買物件に対する支配権があったのであり、本件譲渡所得の課税時期は昭和五一年ということになるのである。

五 次に、原判決は「売買残代金一、八〇〇万円が授受された昭和五〇年八月二二日以降、原告は本件土地につき何らの利害関係を有せず、本件土地に関する支配権を喪失した」旨判示している(三七丁裏)が、その論拠(理由)が明確でない、右時点で当事者間に於いて本件土地の引渡しについての変更契約が為されたとすれば兎も角、これがないのであるから、当事者間に成立に争いの無い甲第七号証及び乙第二号証の売買契約書の明渡条項は依然として有効である以上、その時点に於いて、売主の買主・権に対する本件土地の引渡義務は消滅していたわけではない。

したがって、訴外藤森工業が上告人に対し、本件土地を明渡さない限り、上告人は権に対し本件土地の引渡をすることは不可能である。藤森工業が明渡さない場合には、己むなく甲第一三号証(和解調書)に基づく強制執行をして本件土地を明渡して権に引渡すこととなる筋合であり、だとするなら上告人は権より少なくとも引渡遅延に基づく債務不履行責任を負わされることになる。かかる意味で「何らの利害関係を有しない」との判示は不当である。

六 また、若し判示の如く、昭和五〇年八月二二日の時点で現状の(藤森工業の建物が存在する)ままでの引渡しが行なわれるとすれば、当然、その時点で承継執行文を得る為に必要な甲第一三号証の正本の交付を買主・権は上告人から受けるべきが一般社会通念に照らし明白であるというべきである。

しかるに、之が和解調書は、依然として上告人が保持していたことは、その時点で引渡が為されていない証左である。一方、昭和五一年四月二日、買主の代理人岡本及び大村並びに転買人である飯島が上告人事務所を訪れ、本件土地上に存する建物の収去明渡しを放棄するから本件土地を引渡して欲しい旨の申し入れを岡本等が上告人に対して行なったので、上告人はこれを承諾し、その証として、甲第一三号証の正本を岡本に交付した事実が存する点から考えると、その時点、即ち、昭和五一年四月二日に上告人は、本件土地に対する支配権を喪失したのであり、それ以前には支配権を有していたと解することが経験則上の帰結とならざるを得ない。

七 更に、原判決は「権赫子側において、本件土地についての権利を確保するために、右履行期前にすなわち、藤森工業が明渡しをする前に残代金を支払うという譲歩をしたことから、右残代金の支払いにあてるための松戸信用金庫からの借入金についての利息のうち、本件売買契約の履行期である昭和五一年六月三〇日までの間の分に相当する全額を原告において負担することを約したものであって、それゆえ、原告が負担することになった金一、八〇〇万円に対する利息相当額の利率は、岡本が松戸信用金庫から借り入れた金一、八〇〇万円に対する利率年一〇・五%と同一とされたものというべきであり、原告が右利息相当金額を負担したという事実は、昭和五〇年八月二二日授受された金一、八〇〇万円が本件残代金であるとの前記認定と矛盾するものではない。そして、他に右認定を覆するに足りる証拠はない」(三五丁)と判示しているが、右判示の如く、真実、権が本件土地の権利確保のために権側で売買残代金を支払ったというのであるとすれば、本件土地引渡前の売買残代金の支払は、権の同時履行を求める権利の放棄となる。だとすれば、権は本件土地の引渡しを受けるまでの間の利息相当額の支払いを上告人に求めることは断じて有り得ない。

しかるに、権の代理人たる大村は「本件土地はまだ傷物であるため完全な売買の履行ということはできないから、岡本が松戸信用金庫から借り入れる金員につき昭和五一年六月三〇日までの利息相当額を原告が負担すべきことを求めた」(二八丁裏前段)との判示並びに前述の甲第三号証第二項(利息支払義務)・第三項(支払額の決定)・第四項(支払方法―支払済)は、上告人に本件土地に対する支配権があることを前提としているからこそ存在するものであり、若し、原判決の判示の如く上告人に支配権が喪失しているとすれば之等の証言や書証の存在はあり得ないと解すべきが条理並びに社会通念上の解釈からの帰結となるのである。

このことは、とりもなおさず、昭和五〇年八月二二日に授受された金一、八〇〇万円は到底売買代金の支払いと認定することはできず、売買残代金相当額の貸付金又は、引渡しの日(昭和五一年四月二日)までの期間は、売買残代金相当額の仮払いの域を出ない性格を有するものとなる。

およそ、証拠の証明力は、裁判官の自由なる心証に委ねられるというものの、それは裁判官の独善的・主観的な勝手な心証を許すものではないというべきであり、前掲の諸判例もこうした趣旨に立脚しているものと思料されるのである。

以上のとおりであるから、昭和五〇年八月二二日以降、昭和五一年四月二日までの間、本件土地に対して上告人は利害関係を有しており、且つ、支配権を有していたことは明白である。しかるに、原判決は、条理並びに社会通念上の実験則に基づく解釈に基づかず、独善的・主観的な判断をなし、もって、本件土地に係る分離短期譲渡所得の課税時期を昭和五〇年であると認定したものであり不当である。

原判決は、甲第三号証の成立を認容し乍ら、之が書証の記載内容を全く無視し、特段の事情なくしてなんらの理由を説示することなく不当に甲第三号証の記載と異なる判断を行なったもので審理不尽並びに理由不備の違法があるといわねばならない。

よって、原判決は破棄されるべきである。

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